燕 −つばくらめ−

    

前回の綴りから、1年以上経っていました。

 

昨年は秋から冬にかけて、稲わら携えて、あちこちにわら細工を広めに奔走。

年明けはすっかり冬眠モードに。

春からめきめきと身体と心が開いて、野良仕事三昧の毎日でした。

 

 

 

昨年は田植えの時期に水がなく、「水がない」と地区の方が口々に言われていたため、今年もお水が心配でしたが、無事に田植えが終わりました。

田植えの時期の、窓の外の水鏡の風景が大好きです。

そして、今年も愛おしい鳴き声とともに、ツバメたちがやってきてくれました。

ツバメたちが家の周りをウロウロし始めると、店主の作業場の高い位置にある窓が一部、昼も夜も開けっ放しになります。

その開口部から器用に出入りをして、今年もツバメの子育てが始まりました。

 

いつもは、店主の作業場にいる犬のチョコに食べられてしまって、見ることができなかったツバメの卵の殻。今年は食べられる前に、作業場の床の上に見つけることができました。

 

美しい模様の、とても薄い殻のたまご。

カメラを向けると、巣に隠れようとツバメたちは身を縮めるのですが、巣立ち前は体も大きく育ち、隠しても隠しきれません。

 

たまらなく可愛い!

朝から晩まで暑い中を飛び回り、せっせと餌をとり、子どもたちに運んでくるツバメのお父さんとお母さんに頭が上がりません。

 

一陣目。巣から落ちる子もなく、無事に5羽が巣立ちました。

 

二陣目。こちらも無事に5羽が巣立ちました。

 

今も時々、何羽か連れ立って、うちの周りを華麗に飛び回っています。

「挨拶しに来てくれとるんかねぇ」と店主と話しながら、目を細めてその姿を眺めます。

 

 

田んぼの稲は青々と。

風に揺られています。

この時期になると、私に大切が仕事がやってきます。

地区の秋の例祭で奉納されるお神楽の、衣装のお繕いです。

 

神楽も、衣裳も、地区の人の口承や手により、大切に受け継がれています。

練習の時と本舞の時に身につける衣裳は別のもので、古いものは練習用に、輝く衣裳は本舞用に。

どちらも大切なものです。

 

これまで衣裳のお繕いをされてきた方が、ご高齢のために引退されました。

数年前から私がお針子のお役をお受けしています。

 

今週の日曜はお宮の風鎮祭。

どうか実りある秋を迎えられますよう。

我が家のつばくらめは、全日制高校から通信制高校へ転学をしました。

 

紆余曲折ありました。

が、私自身がこれまで持っていた「学校」への考え方を客観的に見て、どのようなものだったかに気づくことができました。

 

自分の価値観をこわすというのはとても苦しいものでした。

暗いトンネルを抜けた今では、「多面的な視点からものを見る」ということがこれまでこんなにもできていなかったのかと、穏やかに振り返ることができます。

また、「多面的な視点からものを見る」ということができる人が増えたら、社会がおおらかになるのではないかとも考えています。

 

 

こちらが育てているつもりで、その実、息子に教えてもらうことばかりです。

暮らしは学びに溢れています。